ラジオ

「パソコンで録音したラジオ番組を編集して整理保存する」

以前からパソコンでのラジオのエアチェック(古い言い方だねぇ、年齢が判る)をしたいと思っていたが、なかなかベストな方法を思いつかなかった。

たまたま会社の会議を録音する用途でICレコーダーを購入することになり、調べてみたら最近のICレコーダーは平気で数十時間録音できるし、ファイルはMP3だし、一部の機種では外部入力からのタイマー録音にも対応しているという。

サンヨーのICレコーダーにラジオが内臓していて本体だけでラジオをタイマー録音できるものがあるが、デザイン的にも機能的にもいまいちの印象があったし、値段もそこそこするので購入をためらっていたけれど、外部入力でラジオを繋いでタイマー録音すれば完璧だな、ということで以下のような録音環境が整った。

ラジオ SONY ICF-A55V 木目調がなんとなく高級感のあるラジオ

ICレコーダー SANYO ICR-S278 内臓メモリー1Gのタイプ。最高音質のモードでも17時間ぐらい録音できるのでエアチェックにも全く問題なし。タイマー録音機能が付いているのが決めて。実売価格も1万数千円と安い。でも、それ以外の機能はそれなりなので、ラジオのタイマー録音を主目的にしないのなら別の選択をした方が無難かも。タイマープログラムも1本のみと貧弱。せめて2本は欲しかった。録音したファイルに録音日時が表示されないのも減点項目。いつの録音かわからんやないか。まあ、やすいからこんなものか。

最初はラジオにもアナログのタイマーを付けて録音していたが、時間のセットを間違ってしまってラジオの電源が入らなかったこともあり、今はラジオの電源はACを繋いでつけっぱなし。どうせたいした消費電力ではないと割りきっている。

ラジオのイヤホン端子とICレコーダーのマイク端子をオーディオケーブルで繋げばタイマー録音準備完了。

サンヨーのICレコーダーICR-S278は外部入力の場合録音レベルの自動調整機能が無いので、録音する前に一度試し録音をしてラジオのボリュームを調整しておかないと録音レベルが無茶苦茶なので注意が必要です。

ICレコーダーに録音されたMP3のファイルをパソコンに取り込むのは、ICレコーダーをUSB端子に直接挿して、エクスプローラーでドラッグ&ドロップするだけで取り込めるので手間がいらない。CMなどの不要な部分はフリーソフトのMp3DirectCutをつかって編集している。このフリーソフトは録音レベルが低かったときも、全体のピークレベルを監視しながらレベルを上げてくれる機能もあり、なかなか重宝している。
編集も波形を見ながらできるので、非常に簡単で手間いらず。

MDを使って録音していた時はCMの編集とか面倒でやらなかったし、録音時間も短かったので、長時間の番組だとMDが2枚にまたがったりと厄介だったのがうそのように実に快適なエアチェック環境が整ってしまった。パソコンでラジオ番組を録音することを考えている人は、ぜひいちどICレコーダーでラジオを録音してそれをパソコンに取り込むという方法も考えてみたらどうでしょうか?

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はやみみラジオ 水野晶子です!

やっぱり書かないといけないと思うのですが、昨日の放送で水野さんから知らされた3月末で番組終了の件。涙ながらに番組終了にいたった事を訴える水野さんにリスナーのやめないでの声が広がっている。僕も昔、オールナイトニッポンでやっていたつボイノリオさんの番組が終わると知った時はさびしかったなあ。あの時もつボイさんの番組にたくさんのリスナーがやめないでくださいとはがきを送った。山のように届いたはがきや差し入れを見てニッポン放送の守衛さんが「つボイさん、こんなにファンがいるのにやめちゃうのおしいね」と言った時につボイさんは、「なくなってしまうからみんな惜しいと思うのです、SLでもそうでしょう、普段はうるさいとか煙が汚いとかいろいろ言っていても、いざなくなるとなったらみんな止めないでと言うんです。でも、それでやめなかったらいつまでやってるんだとかいって、又悪口をいわれるんです」とか表現はだいぶ違うと思うけれど、そういうことを言っていたことを思い出した。あのときのつボイさんも事務所とか色々トラブルがあったわけだけれど、一切の事情については「まあいい、俺がやめればすむのだから」といってすべてを腹に飲み込んで番組を去っていった。毎日放送の番編に涙ながらに抗議をする水野さんの声を聞きながらそんなことを思い出した。

【さっき思いついた脳内妄想】

はや耳ラジオが始まる少し前の【裏】番組編成会議での会話

重役:「水野アナ、あれなんとかならへんのか?もうそろそろええ歳やろ?」

部長:「そうですな~。彼女夜型人間で酒飲むの好っきやから、朝の早い番組にでも放り込んでみましょうか?報道番組でメインキャスターにしたる言うたら彼女飛びつくんとちゃいますか。朝、早い時間からの報道番組なんか数字(聴取率)取れるはずあらへんし、あの時間はのぶりんも体調崩して番組降りたこともある。なれない朝の仕事と、メインキャスターの重責で体調崩してすぐ音ェ上げますやろ。数字も取られへんし、健康上の理由で降板してもろて、閑職に回して若い新人のオネエちゃんに代わってもらわんといっこも数字上がりまへんで」

重役:「そらええ案や!さっそく企画作ってくれるか」

【それから三年後】

しかし、番組は二人の思惑とは裏腹に好評で、ついには賞までとってしまった。

引くに引けなくなった二人はついに強行手段に出た・・・

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NHK「土曜らくいち」

最近時々、土曜日の午前中にNHK第一放送でやっている「土曜らくいち」というラジオ番組を聞いている。残間里江子さんとNHKアナウンサーの上田早苗さんの掛け合いが、まるで昔KBS京都でやっていた「SMジョッキー」の香りを漂わせてなんともいえずいい感じなのだ。大人の女性のなにげない会話が心地よい。最初、うえださなえという名前を聞いて、やっぱりSMジョッキーをやっていた早苗さんだと早とちりをしてしまったが、NHKのHPを見たら局のアナウンサーで少しがっかりした。

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abcのアナウンサーだったアベロクさん

さっき、土曜日にアベロクさんと西川のりおさんが「土曜はのりのり」という番組をやっていたなあと思いながら「アベロク」で検索してみたら、アベロクさん2006年にABCを定年退社されたのですね。どうりで最近アベロクさんの声を聞かなくなったと思った。アベロクさんの番組は朝の「アベ9ジラ」のときからずっと聞いていて、番組でお米を作った時のイベントが朝日プラザホテルであって、立食パーティーをしたときに抽選で当たってしまって、生でお会いしたこともあったので、とてもさびしい感じがします。そいうえば最近、abcラジオは土曜の「征平・吉弥の土曜も全開!」ぐらいしか聞いていません。朝はMBSの「はや耳ラジオ水野晶子です!」から始まって、「鈴木杏樹の番組(毎日聞いているけれど題名を知らないのはすごい)」「歌の無い歌謡曲」「ありがとう浜村純です」とMBSから選曲がずれません。なぜかここ数年はこんな調子です。朝、早く起きたときは4時半からの豊島美雪さんの番組から聞いています。だからABCの安部憲幸アナウンサーの定年退職を知らなかったんだ、残念。

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FM大阪 カトリーナ

「FM大阪」「カトリーナ」の検索ワードで訪問された方がおられて、当時の番組を懐かしんで検索されたのではないでしょうか?とてもうれしく思っています。ご訪問ありがとうございました。

僕はたぶん’82年頃から’84年ころまでFM大阪の「ポップミュージックステーション」略して「PMS」を聞いていたと記憶しています。丁度カトリーナさんや若宮ていこさんや歌愚也さんなどがDJをされていた時期で番組にも勢いがありました。番組で作成していたミニコミがどういう経緯でかは解りませんが手元に一部だけあります。カトリーナさんのお姿を写した貴重な写真(ほとんどわからない写真ですが)も載っていました。また、探してネットにアップロードしておきます。

僕は当時、毎週カトリーナさんの番組をテープに録音して、そのテープをジョギング用の音楽として聞いていました。当時はマドンナやプリンスなどがとても人気がありましたね。カトリーナさんが番組の中でリスナーに電話をかけて話をするのがとても面白かったように記憶しています。ポップインじゃんけんは最高に笑えました。

’85年に就職をしたので、それから番組を聴けなくなってしまいました。今、思えばしゃれでいいからFM大阪の就職試験受けてみればよかったなあと思います。そうしたらあこがれのFM大阪を訪問することができたのに、惜しいことをしました。

また、これに懲りず遊びにきてください。

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someday we'll be together

ダイアナロス&シュープリームス「someday we'll be together」

つボイノリオさんがニッポン放送オールナイトニッポンを降板された最後の番組のラストにかかった曲で、ずっと探していた。アリーマイラブの中でヴォンダシェパードがカバーしていた歌が流れたので題名がわかった。いまでもこのイントロを聞くたびにつボイノリオさんの最後の番組を思い出す。つボイさんのマネージャーが駒澤大学出身だったので「駒犬」と呼ばれていて、番組の中でバウワウとよく吠えていた。この最後の曲がかかったときも犬の遠吠えをしていた。あのマネージャーさんはあれからどうしたのだろうか。確かアリスと同じ事務所だったと思うけれど。

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「昔聞いていたラジオのこと」

「ラジオ短波 大橋照子さんの番組」

平日の夕方に大橋照子さんが帯でやっていた番組だと思う。関東を中心としたコアな中学生リスナーの投稿主体での構成だった。中学生の子供たちにとって大橋照子さんは身近なお姉さん的な存在でパーソナリティーとリスナーの距離感が近く、リスナー同士の交流もあった。僕も一時期熱心に番組にはがきを送っていたが、残念ながら番組の名前は覚えていない。どなたかご存知の方ご一報いただければうれしく存じます。

「つボイノリオのオールナイトニッポン」

中高生に絶大の支持をされていたつボイノリオさんがニッポン放送で深夜にやっていた伝説的な番組。BGMに合わせて声色を変えながらはがきを読んだりしていた。ギャグを中心にした投稿で構成されていた番組だったが、所属事務所との意見の相違があり事務所を辞めることになったとたんに番組も降ろされた。最終回ではその事情についてちらっと触れただけで詳しくは語らなかった。どうでもいいことを延々と力説する話芸は見事だった。

「FM大阪 ポップミュージックステーション DJカトリーナ」

FM大阪で夕方に帯でやっていた番組。カトリーナという外人女性がオール英語で喋っていた当時としては斬新な番組だった。番組中にリスナーと電話を繋いでじゃんけんをする「ポップ・イン・ジャンケン」というコーナーは面白い企画だった。勿論リスナーにも英語で無理やり喋らせていた。時々パンク歌手の「歌愚也」(かぐや)という歌手が乱入して自分が歌っているパンク(今で言うラップ)の変な歌を番組でかけていた。「歌愚也」の喋る声にはエフェクターが掛けてあって、なんだかなぞの出演者だった。なぞといえば当時はやりだしていたパソコンに喋らせて掛け合い漫才のようなこともやっていた。80年代ポップスの終焉を飾る記念碑的な番組であったと思う。番組で作ったミニコミを貰ったものを先日見つけたのでそのうちアップしてみたい。このDJカトリーナさんに関する情報をお持ちの方はお知らせいただけるとすごくうれしいです。

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KBS京都「SMジョッキー」

たまたま何かを検索していたら昔聞いていたラジオ番組についての記述を見つけて、忘れていたその番組のことを鮮明に思い出した。KBS京都で毎週やっていた「SMジョッキー」という番組で、別にSMについての番組ではなく、担当していたパーソナリティーの きはらさなえ のSと うえつきももえ のMを取ってSMジョッキーといっていた。中高生向けの投稿バラエティ番組で、番組冒頭の二人のおしゃべりが当時高校生だった自分にとっては大人の女性の世界を垣間見るようで面白く、毎週楽しみにしていた。その後番組タイトルが「TO BE TO BE 30」に変わって(やっぱりSMジョッキーじゃあタイトルとして問題があると誰か上の人が思ったのだろう)しばらくやっていたけれど、いつのまにか終わってしまった、というかたぶん自分が少し大人になって番組を聞かなくなってしまったのだろう。インターネットでお二人のことを調べたら、お二人ともKBS京都のアナウンサーだったようで、当時の写真は無いのかなあと探してみたものの、今は見つかっていない。当時SMジョッキーを聞いていたよという方がもしいらしたら、昔のことをお互い懐かしみたいですね。

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豊島美雪さんのこと

ウィキペディアより引用

豊島 美雪(とよしま みゆき、1960年11月24日 - )は、関西を中心にテレビ・ラジオで活躍するローカルタレント。

大阪府出身。大阪府立生野高等学校を卒業し、フリーアナウンサーとして活動。機転のきくトークの才能が認められ、テレビ・ラジオに出演するようになった。1984年から1993年まで9年間、朝日放送(ABC)・テレビ朝日系『パネルクイズアタック25』の出題役を務め、読みのうまさが評判になった。

その後も、ABCの『ナイトinナイト』、関西テレビ放送(KTV)の『とぅぎゃざー』、毎日放送(MBS)の『おはよう川村龍一です』など、在阪局のテレビ・ラジオ番組に多数出演。童話や詩を朗読する「魔法の朗読会」も開催している。

趣味はラグビー観戦、釣り、旅行、俳句など多彩。仕事の傍ら、社会人学生として神戸大学発達科学部に通った。

2006年11月21日体調不良のため短期入院、27日無事ラジオ復帰。

[編集] 現在の出演番組
朝いちばん!豊島美雪です(毎日放送ラジオ)
歌のない歌謡曲(毎日放送ラジオ)

朝の番組でよくお耳にかかっている豊島美雪さんであるが、自分より大先輩というように思っていたが、調べてみるとたった2歳しか違わない。私生活をあまり垣間見せない人だが、「こんちはコンちゃんお昼ですよ」に急遽アシスタントとして出演したときに目の周りに大きなあざを作ってパンダのようになっていたようで、コンちゃんに「あんたえらい苦労しとんやなぁ」と言われて「これは夜中に一人で踊っていてぶつけたんです」と苦しい言い訳をしていた美雪さんである。一時期自分で居酒屋をやっていたことがあるらしく、なにかの時に店をやるのはもうこりごりと、店の運営が大変だったことをしのばせたことがある。美雪ママの居る店にいちど行ってみたかったなあと残念に思っている。一時期、豊島さんのやっている番組によく投稿をして読まれていて、そのときにもらった記念品が机の中にいくつかころがっている。仕事が忙しくて心の余裕が無くなり、投稿もしなくなってしまったが、朝から元気な豊島さんの声を聞くと今日も頑張ろうという気持ちになってくる。ひさしぶりにメールで番組にメッセージを送ってみた。袖触れ合うも多少の縁という言葉があるが、人生というものはほんのささいなきっかけで、おもわぬ方向に動いていくことがあるものだ。ラジオで豊島美雪さんの放送を聞いたことで、自分の人生も変わっていくかもしれない、というのは大げさか。

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